『ウサギの施し』

ジャータカ物語という紀元前一世紀ごろに書かれた、お釈迦様の前世の物語があります。

お釈迦様は過去世においても多くの功徳を積み、現世においても弛まず修行を積み、その結果現世において悟りを得て仏陀(覚者)となったというということを、弟子たちが547話の物語にしたものです。

547話の話には、象や猿をはじめさまざまな動物が菩薩(お釈迦様)の生まれ変わりとして登場し、善因楽果・悪因苦果という因果応報の教えをはじめ、お釈迦様の教えが誰にでもわかるようにやさしく説かれています。

今年の干支ウサギが登場する「ウサギの施し(ジャータカ物語316)」という物語があります。

「月にウサギがいる」と言われるようになったのはこの話が起源で、平安時代末期に成立した『今昔物語』に取り入れられ、日本に伝えられたと言われています。

この話にはウサギをはじめ、サル、ヤマイヌ、カワウソが登場します。

四匹は仲良しで、昼間はめいめいが食べ物を探しに出かけ、夕方になると集まって、一緒にひとときを過ごしていました。賢いウサギは日々三匹の友人に、施しの大切さ、行いを慎むこと、精進日を守らなければいけないことなどを話聞かせていました。ある日のこと、「明日は精進日なので、行いを慎み善行を心掛け、施しをすればよい報いが訪れる。もし物乞いの人が来たら、自分の蓄えているものを分けてあげることにしましょう。」と三匹の友人に言いました。

次の日、めいめいに食べ物を探しに出かけ、獲った食べ物を家に持ち帰りました。野の草しか食べるものがないウサギは、もし物乞いの人が来たら、自分の肉をあげようと心に決めました。ウサギの健気な心がまえを知った天上の帝釈天(インドラ神)は、ひとつあのウサギの心を試してやろうと思い、精進日にバラモン僧に姿を変えて現れました。サル、ヤマイヌ、カワウソは自分の獲ってきた食べ物を施しましたが、施す物のないウサギは前日に決めた通り自分の肉を施すことにしました。僧に不殺生戒を破らせてはいけないと、集めた薪で火を起こしてもらい、自ら火の中に飛び込みました。しかし火は帝釈天の作った幻で、ウサギの毛の一本も焦がすことはありませんでした。

僧はウサギの尊い布施の心に感心し、自分が帝釈天であることを明かし、ウサギの徳が忘れられることなく永久に世の人の間に広まるように、月にウサギの似姿を描きました。

その後も四匹の賢い動物は精進日を守り、行いを慎んで仲良く暮らし、やがてこの世を去って、それぞれの生きていた時の行いにふさわしい報いを得ました。

このウサギはまさしくお釈迦様の前世の姿であります。

布施行の大切さ、善因楽果を説く話であることは明らかですが、 たとえ施す物を持たなくとも、できる施しがあるということを教えてくれる話でもあります。